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東京地方裁判所 平成5年(ワ)10827号 判決

原告

長谷川直彦

右訴訟代理人弁護士

保持清

中小路大

一瀬敬一郎

大口昭彦

遠藤憲一

川村理

鈴木達夫

葉山岳夫

被告

東京都

右代表者知事

鈴木俊一

右指定代理人

小林紀歳

外三名

主文

一  被告は原告に対し、金二〇万円及びこれに対する平成五年四月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成五年四月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱の宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、東京弁護士会所属の弁護士であり、訴外乙山太郎(以下「乙山」という)が平成五年四月二一日起訴された爆発物取締罰則違反事件(以下「第一事件」という)につき、同月一二日ころ弁護人選任届けを提出して、同人の弁護人となった者である。

(二) 被告は、警視庁留置管理課所属の宿里一義警部補(以下「宿里警部補」という)を使用して、同庁本部留置場における職務を遂行させるとともに、同庁公安第一課(以下「公安一課」という)所属の青木博係長(以下「青木係長」という)、藤岡茂行警部補(以下「藤岡警部補」という)及び奥富正巡査長(以下「奥富巡査長」という)を使用して、公安事件の捜査の職務を遂行させ、もって公権力の行使にあたらせていたものである。

2  本件接見妨害行為

(一) 原告は、平成五年四月二一日午後八時二〇分ころ、同じく第一事件の弁護人である一瀬敬一郎弁護士(以下「一瀬弁護士」という)とともに、乙山が留置されている警視庁本部留置場に赴き、同日午後八時三〇分ころ、右留置場の前で宿里警部補に対し乙山との接見を申し入れた。

(二) 同日警視庁公安一課当直主任であった藤岡警部補は、同日午後八時四五分ころ、奥富巡査長とともに原告らの前に現れ、原告らに対し、捜査主任官である青木係長からの伝言として、「接見はどちらか一人一五分間。」と一方的に通告したため、原告らが、「どうして二人一緒に接見させないのか。合理的な理由を説明して欲しい。」と口々に抗議したところ、「捜査主任から言われている。接見はどちらか一人一五分間。どうぞ会って下さい。」と繰り返すのみで、二人同時に接見させない理由を説明しなかった。そこで、原告らが、「理由が説明できないなら、捜査主任を呼んで来て欲しい。」と抗議しても、藤岡警部補は前言を繰り返すばかりで、捜査主任を呼ぼうとせず、一瀬弁護士から「捜査主任を呼んで欲しい。」との抗議を受けた奥富巡査長も、これに応じなかった。

(三) 原告らは、その後約一五分間にわたり藤岡警部補及び奥富巡査長と押し問答を続けたが、藤岡警部補が「不服があれば、先生の方でその後の手続をとってくれ。」と述べ、あくまで接見を拒否する態度をとり続けたので、既に午後九時前後になっており、このままでは藤岡警部補らが一人の接見すら妨害する可能性もあると考え、やむなく一瀬弁護士が接見することになり、原告は当日の接見の機会を失った。

3  本件接見妨害行為の違法性

(一) 第一事件の弁護人である原告には、乙山と自由に接見する権利があり、それを制限・否定する法的根拠は何一つ存在しないから、青木係長、藤岡警部補及び奥富巡査長の行為は、何ら合理的理由のない極めて違法なものである。すなわち、従来、一人の被告人に複数の弁護人が選任されている場合に、複数の弁護人が同時に接見することは稀ではなく、警視庁接見室にもそのために複数の椅子が置かれているのであるから、二人同時に接見できない物理的、技術的な理由は存在しないうえ、乙山は、原告らの接見申出に応じて宿里警部補がそのための手続をとった結果、程なく取調室から留置場に戻っていたのであって、遅くとも同日八時四〇分ころには原告らと接見しうる状態にあった。

(二) 藤岡警部補及び奥富巡査長は、仮に原告らと乙山とを接見させる権限がないのであれば、原告らから「捜査主任を呼んで来て欲しい。」との申入れを受けた時点で、速やかに青木係長に連絡をとるべきであり、右連絡を怠った藤岡警部補及び奥富巡査長の行為の違法性は明らかである。

(三) 宿里警部補は、いわゆる捜査と留置の分離により、留置管理課職員として接見についての権限を有しているから、遅くとも乙山が留置場に戻り、原告らの接見が物理的に可能になった時点で、自らの責任により原告ら二名を同時に接見させるべきであり、捜査を担当する藤岡警部補らの指示に従うべきではなかったから、宿里警部補の行為の違法性は明らかである。

4  被告の責任

被告は、青木係長、藤岡警部補、奥富巡査長及び宿里警部補をいずれも警視庁の職員として使用し、公権力の行使にあたらせていたところ、右四名は、それぞれ職務を行うにつき、故意又は過失により本件接見妨害行為をしたものであるから、被告は原告に対し、国家賠償法一条一項により損害を賠償する責任がある。

5  原告の損害

(一) 原告は、本件接見妨害行為により、次のとおり著しい精神的損害を被った。

(1) 弁護人としての職責を果たしえなかったことによる損害

① 弁護人は、捜査弁護活動を通じて、憲法上の人権保障の理念のための制度というべき適正手続の実現を追求する職責を負っているところ、原告は、本件接見妨害行為により、右適正手続の実現(弁護人の接見交通権確立に向けての積極的弁護活動)が阻害されたため、多大の精神的苦痛を被った。

② 原告は、本件接見妨害行為により、第一事件につき、乙山の防禦権を有効・適切に行使しえず、その弁護活動を全うすることができなかったため、多大の精神的苦痛を被った。

特に、原告らが乙山に接見に行った日は、乙山が第一事件で起訴され、別件の爆発物取締罰則違反事件(以下「第二事件」という)で逮捕された直後であったため、原告ら二人で接見することには特別の意味があった。すなわち、原告らは、弁護士として、第一事件の捜査段階から弁護活動を行ってきた乙山を心配するあまり、遅い時間にもかかわらず接見に駆けつけたのであり、乙山にとっても、原告ら二人の弁護士の接見を受けることが何よりの激励になったはずである。また、弁護活動は極めて個性的なものであり、原告と一瀬弁護士はそれぞれ乙山と個別の信頼関係に基づいて接見をする必要があった。かかる重大な時に、弁護人としての職責を果たせなかった原告は、著しい精神的苦痛を被った。

(2) 時間の空費による精神的損害

原告は、本件接見妨害行為により約一時間半余りの時間の空費を余儀なくされた。本件当時、原告の勤務する弁護士事務所は、勤務弁護士が一人しかおらず、多忙な状況にあり、原告は夜間仕事をするのが日常的な状態となっていた。特に、午後六時以降は、原告にとって、書面作成等最も有効に時間を活用しうる時間帯であり、原告は、ようやく時間を確保して接見に赴いたにもかかわらず、本件接見妨害行為により接見できなかったため、著しい精神的損害を被った。

(二) 原告の右損害は、全体として一〇〇万円を下らない。

6  結論

よって、原告は被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、一〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成五年四月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実は認める。

(二)  同2(二)の事実のうち、平成五年四月二一日午後八時四五分ころ、同日の公安一課当直主任であった藤岡警部補及び同課所属の奥富巡査長が、原告らの応対をしたこと、一瀬弁護士が、同2(二)記載の趣旨の発言をしたことは認め、その余は否認する。

藤岡警部補は原告らに対し、後述のとおり、「一人ずつ一五分ずつ接見してもらいたい。」と述べたものである。

(三)  同2(三)の事実のうち、一瀬弁護士と藤岡警部補らが約一五分間問答をしたこと、一瀬弁護士は単独で午後九時ころ接見したことは認め、その余は否認又は争う。

3(一)  同3の事実のうち、警視庁接見室に複数の椅子が置かれていること、原告らの接見申込みに応じて、宿里警部補が接見のための手続を行ったこと、乙山が遅くとも同日午後八時四〇分ころには留置場におり、接見しうる状態にあったことは認め、その余は否認ないし争う。

(二)  被疑者留置規則(昭和三二年国家公安委員会規則第四号)二九条二項においては、刑事訴訟法三九条三項による接見指定は捜査主任官が行うと規定されているところ、本件における宿里警部補は、捜査主任官である青木係長から「接見の指定を行う場合がある。」との連絡を受け、原告らの接見申出に際して、その接見指定の有無を確認するために青木係長に連絡をとり、その指示に従って接見事務を取り扱ったにすぎないのであるから、宿里警部補は本件取扱につき何らの判断をする必要性はなく、原告主張の違法もない。

4  同4、5は否認又は争う。

5  本件の事実経過

(一) 乙山は、平成五年三月三〇日公安一課により、第一事件の容疑で通常逮捕され、警視庁本部留置場に留置されて、本件当日起訴された。さらに、公安一課は、本件当日午後六時、右勾留中の乙山を、第二事件の容疑で再逮捕した。

(二) 乙山は右再逮捕後の弁解録取の際に、弁護人として救援連絡センターの指定する弁護士を選任する旨述べたため、公安一課職員は、本件当日午後六時四〇分ころ救援連絡センターに電話をかけ、本日接見するのであれば、午後八時から午後九時までの間の一五分間にしてもらいたい旨連絡した。

さらに、捜査主任官である青木係長は留置管理課に対し、乙山については、捜査のため必要があるときは接見の指定を行う予定であると連絡した。

(三) 原告らは同日午後八時二〇分ころ警視庁本部を訪れ、一瀬弁護士が乙山との接見を申し出たので、応対した宿里警部補は、原告らを留置場に併設された応接室に案内したところ、一瀬弁護士から「二人同時に接見させて欲しい。」との申入れを受けたので、「捜査主任官に確認する。」と述べて青木係長に右状況を連絡した。

(四) 藤岡警部補及び奥富巡査長は、右連絡を受けた青木係長の指示により、同日午後八時四五分ころ右応接室に赴き、原告らに対し、「捜査主任官から、二人同時の接見は前例がないので、一人ずつ一五分ずつ接見してもらうよう言われている。」と説明して、各別による接見を要請したが、原告らは、「どうして二人同時に接見させないのか。捜査主任官を呼べ。」と主張し続けた。

(五) 同日午後九時ころ、一瀬弁護士は一人で面接する旨申し出たので、宿里警部補が接見室まで案内し、一瀬弁護士は一五分間乙山と接見した。

(六) 藤岡警部補は、一瀬弁護士の接見終了後、原告に対し、「先生はどうされますか。」と尋ねたところ、原告は乙山との接見を辞退し、一瀬弁護士とともに警視庁本部を退去した。

6  本件接見制限の違法性の不存在

公安一課では、一人の被疑者・被告人に二人以上の弁護人が選任されている場合においても、それまで二人以上の弁護人から一緒に被疑者・被告人と接見させるよう求められたことはなく、それゆえ弁護人二人を同時に接見させた前例もなかったことから、本件においても、前例を踏襲する意味で、二人同時の接見を認めなかったものであって、何らかの法的根拠に基づいて接見制限をしたものではない。しかし、藤岡警部補らは原告らに対し、二人同時ではなく、一人ずつ接見するよう要請したのであって、原告から乙山との接見の機会を奪い、その接見交通権を侵害したわけではない。原告が、一瀬弁護士と一緒に乙山と接見できなかったからといって、このことから直ちに、原告の接見交通権を違法に侵害したとはいえないというべきである。

7  原告の損害の不存在

(一) 原告らは、当初二人同時に接見することを求めたにもかかわらず、青木係長から一人ずつの接見を要請された結果、一瀬弁護士のみが接見することになり、原告は接見を辞退したというのであるから、本件接見妨害行為により、損害が発生したということはできない。

(二) そもそも弁護人の接見交通権は、被疑者・被告人の弁護人依頼権に由来するものであり、被疑者・被告人の権利が侵害された場合に弁護人が被る精神的損害は、被疑者の精神的損害と比べて通常間接的なものにとどまるものである。

しかして、乙山は、本件当日以前から身柄を拘束されており、その間、ほとんど毎日のように弁護人と接見していること、本件当日も一瀬弁護士と接見を行っていることからすると、本件当日に原告ら二人同時の接見ができなかったことをもって、乙山に精神的損害が生じたとは考えられないし、仮に何らかの精神的損害が生じたとしても、金銭をもって賠償しなければならない程度のものであるとはいえない。そうすると、乙山の損害よりも間接的なものにとどまる原告の損害は、金銭をもって賠償するに値するものとはいえない。

(三) 加えて、原告は、本件の前後において複数回にわたり乙山との接見を行っているうえ、本件当日に原告らが同時に接見しなければ乙山の利益を守ることができないといった特段の事情は認められないし、そのような申告もなされていないことからすると、二人同時に接見できなかったからといって、原告に、被告が金銭をもって賠償しなければならない程の精神的損害が生じたとはいえない。

第三  証拠

本件記録の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1及び同2(一)の事実、並びに同2(二)の事実のうち、平成五年四月二一日午後八時四五分ころ、公安一課当直主任であった藤岡警部補及び同課所属の奥富巡査長が、原告らの応対にあたったこと、その際、一瀬弁護士が同2(二)記載の趣旨の発言をしたこと、同2(三)の事実のうち、一瀬弁護士と藤岡警部補らが約一五分間問答をしたこと、一瀬弁護士は単独で午後九時ころ接見したこと、同3の事実のうち、警視庁接見室に複数の椅子が置かれていること、宿里警部補が原告らの接見申込みに応じて、接見のための手続を行ったこと、乙山は遅くとも同日午後八時四〇分ころには留置場におり、接見しうる状態にあったことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  本件接見妨害行為の違法性及び被告の責任につき判断する。

1  右争いのない事実に、成立に争いのない乙第一号証、証人一瀬敬一郎、同青木博、同藤岡茂行の各証言、並びに原告本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  公安一課は、平成五年四月二一日午後六時、同日第一事件につき起訴されて警視庁本部留置場に勾留中の乙山を、第二事件の容疑で再逮捕し、乙山が右再逮捕後の弁解録取の際に、弁護人として救援連絡センターの指定する弁護士を選任する旨述べたので、同日午後六時四〇分ころ救援連絡センターに電話をかけ、本日接見するのであれば、午後八時から午後九時までの間の一五分間にしてもらいたい旨連絡した。

(二)  原告らは、右救援連絡センターからの連絡を受けて、同日午後八時二〇分ころ警視庁に赴き、同日八時三〇分ころ宿里警部補に対し、原告ら二人一緒に乙山と接見したい旨申し入れた。そこで、宿里警部補は右申入れを青木係長に報告した。

(三)  青木係長は、捜査主任官として捜査を指揮していたところ、勾留中の被疑者に対して弁護人二人を一緒に接見させた経験がなかったため、公安一課課長代理若杉管理官とも相談のうえ、二人同時の接見は前例がないものと判断して、二人同時の接見は認めないこととし、同日公安一課当直主任であった藤岡警部補及び同課所属の奥富巡査長に対して右判断を伝え、原告らを説得するよう指示した。

(四)  藤岡警部補及び奥富巡査長は同日午後八時四五分ころ留置場に赴き、藤岡警部補が原告らに対し、捜査主任官である青木係長の判断であるとして、接見はどちらか一人一五分間、二人同時には会わせない旨述べた。このため、原告らがこれに強く抗議し、その理由を説明するよう問い質したが、藤岡警部補は前言を繰り返すのみで、二人同時に接見させない理由を説明しなかったうえ、再度青木の指示を仰ぐこともせず、一瀬弁護士から捜査主任を呼んで欲しいとの抗議を受けた奥富巡査長も、これに応じなかった。

(五)  原告らは、その後約一五分間にわたり藤岡警部補及び奥富巡査長と押し問答を続けたが、藤岡警部補があくまで二人同時の接見を拒否する妨害する態度を変更しないうえ、既に午後九時前後になっており、このままでは藤岡警部補らが原告ら双方の接見を認めない可能性もあると考え、やむなく一瀬弁護士が一人で接見することとし、一瀬弁護士は一五分間乙山と接見した。

(六)  一瀬弁護士による接見終了後、原告は改めて乙山との接見を申し出ることなく、一瀬弁護士とともに警視庁本部を退去した。

以上の事実が認められる。

これに対し、被告は、藤岡警部補が原告らに対し、「一人ずつ、一五分ずつ接見してもらいたい。」と述べたこと、藤岡警部補が一瀬弁護士の接見終了後原告に対し、「先生はどうされますか。」と尋ねたところ、原告が乙山との接見を辞退したことを主張し、前記証人藤岡の証言中には右主張に沿う証言部分があるが、右は前認定の事実経過に照らして不自然であり、信用することができない。

2 右認定事実によれば、青木係長は原告らからの接見に関する申入内容につき報告を受けながら、二人同時の接見は自己にとって経験がなかったことから、安易に二人同時の接見を認めない旨決定してその旨を藤岡警部補らに指示し、藤岡警部補らは、原告らから二人同時の接見を認めるよう繰り返し抗議を受けたにもかかわらず、青木係長の右指示を固守して原告らの要求に応ぜず、その結果、第一事件につき乙山の弁護人となっていた原告は、同人との接見の機会を失ったものであって、青木係長の右指示は、被告も自認するとおり何らの法令上の根拠もなく、そこに弁護人たる原告の接見交通権を制限する合理的根拠は何ら見出せないものである。

したがって、青木係長の右行為は、その指示を忠実に実行した藤岡警部補らの行為と相まって、刑事訴訟法三九条一項に違反して原告の接見交通権を違法に侵害したものというべきである。

この点に関し、被告は、青木係長が二人同時の接見を認めなかったのは前例を踏襲したためであると主張する。しかし、成立に争いのない甲第一号証及び前記証人一瀬の証言によれば、そもそも複数の弁護人を一緒に接見させないという前例の存在自体について疑問があるうえ、前記証人青木の証言及び原告本人尋問の結果によれば、面接室には椅子が三個用意されており、物理的に二人同時の接見ができない状況にはないと認められることをも併せ考慮すると、仮に右前例が存在するとしても、これによって弁護人の接見交通権を制限する合理性を見出すことはできないから、被告の右主張も前記判断の妨げとはならない。

3  次に、藤岡警部補及び奥富巡査長の違法性について検討するに、同人らが青木係長の指示を受け、これを同係長の指示として原告らに伝え、原告ら二人同時の接見を拒否したこと、原告らは午後九時前後になって一瀬弁護士が一人で接見することとしたため、藤岡警部補らと原告らが押し問答を続けたのは約一五分間にとどまることは前認定のとおりであるから、結局、藤岡警部補らは、青木係長の指示に従いその使者として行動したにすぎないものというべきであって、藤岡警部補らの行為に原告主張のような独自の違法性があるということはできない。

4  また、宿里警部補の行為の違法性について判断するに、原告本人尋問の結果によれば、宿里警部補は、原告らから、留置管理課の判断において乙山との接見を認めるよう申入れを受けた際、公安一課の指示がある限りどうしようもないとして、右申入れに応じなかったことが認められる。しかし、他方、前記証人青木の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、宿里警部補は、原告らと藤岡警部補らとのやり取りに加わらなかったこと、捜査主任官である青木係長は、乙山の再逮捕直後に留置管理課に対し、乙山については接見指定する場合があるので弁護人が接見に来訪した場合は連絡して欲しい旨伝えたこと、青木係長は、原告らが二人同時に接見したいと申し出ている旨の報告を受けて、留置管理課に対し、二人同時の接見は認めない旨指示し、藤岡警部補らを差し向けたことが認められる。これらの事実によれば、宿里警部補は、捜査主任官である青木係長から指示を受け、その指示に従って原告ら二人を一緒に乙山に接見させなかったものと認められるから、宿里警部補の行為に原告主張の違法があると認めることはできない。

5 以上により、青木係長による本件接見妨害行為は、原告の接見交通権を侵害する違法なものであるというべきところ、前記のとおり、同係長は、自己にとって二人同時の接見を認めた経験がなかったため、安易に二人同時の接見は前例がないものと判断し、かつ、右のごとき判断が弁護人の接見を制限する合理的根拠となりうるか否かの検討を怠り、原告に対する本件接見妨害を行ったものであるから、同係長には、その職務を行うにつき少なくとも過失があったと認めるべきである。

したがって、被告は原告に対し、国家賠償法一条一項により、原告の被った後記損害を賠償する責めを負うというべきである。

三  原告の損害について判断する。

原告は本件当時、第一事件につき乙山の弁護人であったこと、本件当日は、乙山が第一事件により起訴され、第二事件の容疑で再逮捕された日であったことは前記のとおりであり、前記証人一瀬の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件当日中に乙山と接見することが弁護人として重要であると考え、乙山との接見のために時間をやり繰りして警視庁に赴いたが、本件接見妨害行為により弁護人としての職務を全うすることができず、また、約一時間半を無駄に費やす結果となったことが認められ、これらの事実によれば、原告は弁護人としての接見交通権が侵害されたことにより相応の精神的損害を被ったものと認められる。

この点に関し、被告は、弁護人の接見交通権は、被疑者・被告人の弁護人依頼権に由来するものであり、被疑者・被告人の権利が侵害された場合に弁護人が被る精神的損害は、これらの者の精神的損害と比べて通常間接的なものにとどまるから、原告には金銭をもって賠償するに値する損害があるとはいえないと主張する。

たしかに、接見交通権が侵害された場合に受ける精神的損害は、被疑者と弁護人とでその性質を異にするものと解すべきではあるが、弁護人の接見交通権自体もいわゆる固有権であって、その侵害によって被る精神的損害を被疑者・被告人のそれとは別個に認定することは可能であって、本件のような右認定事実のもとにおいては、原告も一定の範囲で固有の精神的損害を被ったものと認めるのが相当である。したがって、被告の右主張は採用することができない。

他方、本件当日一瀬弁護士が一人で乙山と接見を済ませたことは前認定のとおりであり、前記乙第一号証及び原告本人尋問の結果によれば、乙山は平成五年三月三一日以降本件当日まで、連日ないし一日おきに弁護士の接見を受けていること、原告は本件当日を挟んで数回にわたり、乙山と接見していることがそれぞれ認められることをも考慮すれば、本件接見妨害行為により原告が受けた精神的苦痛を慰謝すべき金額は、二〇万円をもって相当であると認められる。

四  以上によれば、原告の本訴請求は二〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成五年四月二一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を適用し、仮執行宣言についてはその必要がないものと認めこれを却下することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大和陽一郎 裁判官大竹昭彦 裁判官内野俊夫)

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